アボリジニ居住区への長い長い道のり
オーストラリア中央砂漠へは通常空路アリススプリングスへまず入り、そこから4駆でアボリジニ居住区へと向かいます。
アボリジニ居住区といっても地域によって所要時間は様々。また行く時期によっても道のコンディションがまるで異なるので要注意。一度雨季に訪れて帰って来れなくなった経験がありますからね。
居住区への立ち入りは通常政府からの許可証が必要となります。万が一許可無しで入った場合には2万ドル(日本円でおよそ160万円)の罰金が課せられます。
写真を見る »アボリジニ居住区の様子
居住区内においては現在はオーストラリア政府がアレンジをした住宅に住んではいますがもともと野外での暮らしを基本としていたアボリジニにとって屋根やドアのあるところが「家」だという認識がない人々も中にはいます。ドアが叩き壊されて焚き火となっていたり、はたまた冷蔵庫の中には靴が入っていたり・・。したがってわざわざ野外に自分たちで簡易住宅を作ってそこで寝泊りする光景もアボリジニ居住区内では珍しくはありません。
「時間」というものに拘束されない解放感はたまりません。私も毎度アボリジニ居住区へ訪れるときにはまずは時計をはずすことからスタート。あるがままに自分の身を置くことの重要性を今更ながらに痛感します。
写真を見る »楽しい仲間たち
そもそもアボリジニ以外の人間が居住区に滞在をするということがすでに大注目の的となるため行く先々で必ず声をかけられます。
お金をせびられることもしばしば、持っていったカメラを触りたがる人もたくさん。
肌の色や顔のつくりがまるで違うのですからこんな宇宙人のような私が『一体ナニモノなのだ』とまずは彼らが理解することが最優先。
その後しばらくしてアボリジニの親族制度の基盤となるスキンネーム(男女それぞれ8つずつに分類。)をいただけるようになればその時点でもう家族同然の扱いを受けることに。
私は“ナカマラ”というスキンネームをいただきました。
写真を見る »狩りの醍醐味・砂漠でのご馳走(その1)
今でこそ文明にどっぷりと漬かった生活をしているアボリジニたちですがもともとは狩猟採集民であったため現在においても時折仲間を集ってハニーアント(蜜アリ)やウチティグラブ(ボクトウ蛾の幼虫)を積極的に採集しに行っています。道路標識も何もないところで彼らは地図も持たず確実に獲物のありかを見つける能力を持ち常に大地に感謝をしながら自分たちとのつながりを確認します。
一粒のアリを見つけるのに自分の身体が埋まってしまうほど細い一本の棒でひたすら土の中を掘りあさります。蜜アリはまさに濃厚なハチミツの味。お尻のところを舌で軽くつぶすとまるでイクラのような食感で口いっぱいに広がる甘い蜜は格別な味わいです。
写真を見る »砂漠でのご馳走(その2)
カンガルーを射止めるのは男性の仕事です。ですから常に女性と行動をともにする私はカンガルー狩りにはまだ一緒に行ったことはありません。その代わり、居住区内のスーパーマーケットで販売されている“カンガルーのしっぽ”はアボリジニたちによくおねだりされていつも4~5本まとめて購入し(ほとんどが冷凍状態となっている)カチカチに凍った長さ70センチぐらいの“しっぽ”を蜜アリやイモムシ狩りに行く際に一緒に持参をします。採集している間に大事に抱えて持ってきた“しっぽ”はいつの間にかほどよく解凍されているんですから面白い。
写真を見る »儀礼・大人になるために
アボリジニ社会にとって“儀礼”の重要性は非常に高いもので地域や言語集団・そして用途によっては行われる期間も方法も実に様々です。
中でも『割礼』と言われる成人儀礼は少年・少女が大人の仲間入りをするための神聖な儀式として現在でも行われることがあります。対象となる年齢は地域によって異なりますが男性は陰毛やヒゲが生えて来る頃、そして女性は初潮を迎える頃から一人前の人間となるため部族間の様々な掟や狩猟に関する知恵など細やかな情報を歌や踊り・また絵画の中で学びます。
写真を見る »砂漠のエンジェルたち
大きな大きな黒い瞳の中に私自身の姿がくっきり映る・・・そんなつぶらな目をしたかわいいかわいい砂漠のエンジェルたち。
彼らにとって日本人の私はまさに宇宙人に違いありませんからいつもところ構わず手当たり次第に触ってきます。そして興味しんしんで質問攻め。『オマエ、どこから来たんだー?』『オマエ、旦那と子供はいるのかー!』『変な言葉しゃべってるなー!』『ジャンプできるかー?』などなど毎回私の身の上調査から始まるのです。
朝から晩まで一生懸命に遊ぶアボリジニの子供たちも今は政府が設けた学校できちんとお勉強。そこでは英語の読み書きにあわせて自分たち独自の言語も学び、歯の磨き方、手の洗い方、数の数え方など覚えることは山ほどあるんです。
写真を見る »裸足のアーティストたち
もともと『読む』『書く』といった文字を持たなかったアボリジニたちは自分たちの先祖から何世代にも渡って伝承されてきた創世神話や自分たちと深いかかわりを持つ大地にまつわる物語を歌や踊り・そして絵画として受け継いで来ました。
砂漠では砂の上に“砂絵”として、また自分たちの身体の上に“ボディペイント”として天然の岩絵の具を顔料に用いて描いてきたものを1971年代に白人美術教師の影響により現代のキャンバス・アクリル画として発生したのです。
点と線で描かれるユニークな構図が私たちには一見摩訶不思議な模様にしか見えませんが、アボリジニたちにとってはそれが具体的な文字に代わる物語性を含んだ作品となるのです。
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