ここのところずっと、オレ様は日本で開催されたアボリジニの女性画家「エミリー・ウングワレー展」のことばかり書き綴ってきた。
何しろ、これは10年越しの念願叶った、かなり思い入れの強い展覧会だっただけに、必然的に感情移入も多くなる。
断っておくが、この企画展は何もオレ様が実現をさせたわけではない。発起人の一人であったことに間違いはないが、実現に際しては、あくまでも“黒子”として、アボリジニの人々側と関係者側への橋渡しとして動くことに徹した。

そもそも、一つのアート企画展を日本で行なうのに、なぜ10年もの時間を要したのであろうか?
それは、「エミリー」というアボリジニの86歳の女性が、日本では全くの無名であったからだ。誰もそんな名前を聞いたことはないし、しかもアボリジニアート自体、日本における知名度が、まだまだ高くはなかったということが理由の一つだ。

「知らない人達へは知らせる」努力をすればよい…一念発起したオレ様は、微力ながらも、これまで様々なメディアや講演・執筆を通して、オーストラリア先住民アボリジニ達の深遠なる5万年も継承されてきた文化とその歴史、そしてその彼らの他に例を見ない魅惑的な美術をひたすら紹介し続けた。

そしたら、あっという間に15年も経っちまった。気がついたらお嫁に行くのもすっかり忘れ、孤独な独身オンナとして、今は間違いなく自分の老後を心配し始めている。
しかしながら、たくさんの人達がオレ様の活動に賛同をしてくれ、力と勇気を与えてくれた。
中には「何で、内田さん、アボリジニなの? 何が魅力なの? もしかしてがっぽり儲けてんの?」なんて素直に自分の質問をぶつけてくる人もいた。

はぁーー。がっぽりねぇ~……。

確かにアボリジニアートをビジネスとして捉えて、一攫千金をつかんだ人は数多くいる。
ついこの間まで大工だった人が、いきなりアボリジニ・アートディーラーとして絵画を買い付け始め、それをべらぼうな価格で販売していたりするんだから。

オレ様も砂漠へ行けば、たまたま空港から乗り合わせたタクシーの運転手から「アボリジニアートに興味あるか? 俺んちにいいのが置いてあるけど、これから見に来ないか?」なんてよく声をかけられたりするもんね。

こういった人達はアボリジニの芸術どころか、人権までもまるで無視し、ただただ金の亡者として、とんでもなく質の悪い絵画を市場に出す、許せない奴らだ。
オレ様から言わせれば、間違いなく銃殺刑にしてやりたい程である。
これは、未だに94年モデルのオンボロカローラをブイブイ言わして乗り回しているオレ様の、ただの嫉妬だとご理解いただければよかろう。ちなみに30年で組んだ家のローンも、まだたっぷり残っとる。とほほほほ…(涙)。

さて、話が随分横道に反れてしまったようだが、こうして長い長い道のりを経て、やっと実現した日本でのエミリー展。無名のアボリジニ画家の企画展に、何と10万人以上の来場者があったというではないか!!!
これはヨーロッパの有名な印象派画家の展覧会に、軽く70万人は入るということにも勝る大きな大きな価値に値するものだ、とオレ様は一人興奮冷めやらず。

また、期間中には皇太子ご夫妻もお見えになられ、大変感動をされていたという記事を、オレ様は日本滞在中あちらこちらで目にしたものだ。そして、何よりも嬉しかったのは、これまで体調がいま一つ優れなかったという雅子様が、このエミリー展から、実にたくさんの大地のエネルギーを得られて、随分癒されたと報道されていたことである。

80歳間近で、いきなり彗星のごとく砂漠から現れたアボリジニの女性画家、エミリーの作品には、どれも「生きる」ということ、自分達が大地に「生かされている」ということを、深く真っ直ぐ教えてくれるのであろう。だから素直に感動ができるのではないだろうか。

さて、このエミリー展。大盛況の元日本で幕を閉じ、いよいよ豪州キャンベラで、8月21日幕開けとなった。会場となったのはオーストラリア国立博物館である。
オレ様も開会式の招待状をいただき、喜びを胸いっぱいに抱いて出席させてもらった。

思い起こせば日本での開会式では、一緒に来日をさせたアボリジニのおばちゃん達の世話に明け暮れ、余裕も何もあったもんじゃなく、ただただあっちへこっちへと駆け回っていただけであったが、こちらキャンベラでは、ゲストの一人として、堂々とうまいワインをがぶ飲みできる。至福のひとときだ。

しばし、ほろ酔い気分に浸っていたその時! 突然オレ様の視界に、色の黒い見慣れた人達の姿が飛び込んでくる。
「ま~ゆ~み~。あんた、ワイン飲んでる場合じゃないよ。私達の面倒見てもらわなきゃね」と、バーバラが“やっと見つけた”と言わんばかりに、こっちへ来い来いと手招きする。
いーち、にぃ、さーん、よん、ごー、ろく……。

キャンベラには、何と6名のアボリジニご一行様が、ご到着されていたではないか。女性4名、男性2名だ。いや…、一人男か女かよくわからない体格と顔つきの人がいるから、この数字は定かでないかもしれない。ええい…この際どっちでもいい。
…ということで、オレ様の至福のひとときは、ここでアッという間におしまいとなり、明日からまた使用人として、こき使われる運命に変わってしまった。

華やかな舞台は、オレ様にはどうも似合わない。黒子は黒子らしく、こうして舞台裏の仕事を立派に努めようと明るく決心し、最後のワインを一気に飲み干した。