今回でアボリジ二の居住区へ入るのは6度目であった。毎回それぞれ異なったコミュニティに許可証を申請して入るのであるが、回数を重ねていくたびにその居住区での生活の”アイディア”もそれなりに得られてくるというものだ。思い起こせば4年前に初めて体験したアボリジニ村での生活では何がどんなシステムで彼らの毎日の暮らしが成り立っているのか全く予想もつかず、情けないかな・・・ただただひどい下痢と日射病、そして結膜炎になってメルボルンに帰ってきただけであった。何しろ、英語がほとんど通用せず『時間』の概念というものをもたないアボリジニたちとの3週間のブッシュでの生活だったのであるから。アボリジニ村では、一度外部から訪れた訪問者は決して彼らに忘れられることはなく、現に何年かぶりに再訪問した居住区ではいきなりうしろから若い女性に抱きつかれた事もしばしばあった。『よく戻ってきたなあ・・・』と、とてもうれしそうな顔をされて。

さて、今回私が訪問したアボリジニの居住区はMT.Liebigというオーストラリアの中央砂漠アリススプリングスの街から西におよそ360Kmに位置する人口350人程度のわりと中規模サイズのコミュニティで、そこへは今回で2度目の訪問であった。通常、砂漠を訪れるのは乾季(4月~9月ぐらい)がベストといわれているが今回日本からはるばるやってきて一緒に同行した友人の休暇の調整上12月中旬の出発となったのである。

友人和代は航空会社の客室乗務員で一年中、海外を飛び回っている多忙人。パリ・ロンドン・ドイツ・アメリカと美しい街をくまなく知り尽くしている彼女がいったい何故また今回私と一緒にアボリジニ村への滞在を希望したのであろうか・・・。彼女は居住区にはマクドナルドもきれいなホテルも何もないことを知っているのであろうか。出発前にそんなことをかなり脅かしてはいたのであるが彼女の意志は断固として堅く、予定通りアリススプリングスの空港で待ち合わせをすることになった。もちろん彼女は日本から、そして私はメルボルンからの空路である。

ほぼ同時刻でアリススプリングに到着した我々は、久しぶりの再会に熱い抱擁を交わし、すぐに軽く打ち合わせをして早速レンタカーを借りた。そしていよいよ目的地へと胸をふくらませて出発したのである。天気はいたって良好。地上気温35度。日本とはくらべものにならないほど強い砂漠の日差しに彼女は『過度の日焼けは乗務停止になるから』と、日焼け止めを身体中にベタベタ塗り空港で麦わら帽子を購入し、汗をかきながらも長袖のT-シャツを着て完全防備体制であった。うーーん、さすがである。感心。

さて、今回の私の主な居住区訪問の目的はそのMt. wholesale jerseys Nfl wholesale nfl jerseys wholesale NBA jerseys Liebigにどうしても会いたいアボリジニのアーティストがいたためである。彼はノーザンテリトリー州でこれまでに何度も『最も優れたアーティスト』として賞を獲得した、いわばアボリジナルアート業界では”話題の人”的存在の男性であった。一度も西洋美術の影響を受けていない彼が描く作品はまさに現代アート、コンテンポラリーアートであり私は彼に直接会って作品の解説などを得られれば・・・とかなり期待に胸を躍らせていたのである。

12 Could cheap jerseys Again 月は雨季に入りかけた時期とはいえ、天気は快晴で「なあんだ、大して心配する必要もなかったじゃん。」と友人和代は車の中でのん気にペットボトルの水を飲みながら『それにしても暑い暑い.』とファンデーションで化粧崩れをしっかり直していた。そんな現地までの道のりは途中で寄り道をしながらもアリススプリングスからおよそ6時間ほどで無事に到着。今回で2度目の訪問という事もあってここでもまた『よく戻ってきたなあ』とコミュニティ内のスーパーでバッタリ会った女性に歓迎を受けた。友人和代は、初めて間近で見るアボリジニ達にとても興味しんしんで『あの人男性なのか女性なのかよくわからないおっかない顔してる』といいながらも自分のしていたスカーフを子供にプレゼントとしたりするなど、すぐに打ち解けている様子だったのでこちらも一安心。

さて、私は早速アーティスト探しから始めた。友人和代をスーパーに残してまずはグルっと車でコミュニティをゆっくり一周する。やはり私のような部外者に対する村の人々の興味は大きいらしく、必ずみんな声をかけて近寄ってくる。「どこから来たんだ?何しに来たんだ?どこまで行く?おれもそこまで乗せていけ。」と言った具合にまだ返事もしていないのにあれよあれよとあっという間に6人は後部座席に乗り込んでくるのであるから。すると、急にポツリ,ポツリと雨が降り出してきたではないか。そして10分後にはザーザーザーザーとまるでバケツをひっくり返したほどのひどい雨になってきた。うーーん、困ったな。実は砂漠で雨に降られるのは私も今回が初めてであっという間に気温もグッと下がり、これでは情報収集もままならないのでスーパーに残してきた友人和代を迎えに行き、ひとまずコミュニティ内の知人の女性の家に行く事にした。が、彼女の家の前まで行くと何故か電気がついていない。車がない。まるでひと気がない。

・・・え?いないの?まさか?だって数日前には我々が行く事を伝えてあったし、しかも今夜はここに泊めてもらえるはずだったのに。何やら彼女は急用でクイーンズランドに行ってしまったというではないか。それでもこの居住区での知り合いは彼女しかいないので我々はもう「仕方がない・・・」とあきらめて今夜は車の中で眠る事にしようとその準備をしていたら、居住区内で老人のケアをしているという白人の女性が「そんな馬鹿な事は絶対に止めなさい。この村では最近青年たちのモラルがかなり下がっていてあなたたちのような若い女性が車の中で見つけられたりしたらすぐにレイプされるわよ。」と鼻の穴を大きく膨らませて彼女は我々に忠告するのだ。『・・・・・若い女性?』・・と一瞬我々はお互い顔を見合わせたが、まあここに住んでいる彼女がそういうのであるから一気にその現実の恐ろしさを感じて背中がゾクっとした。

『今夜はうちに泊まりなさい。』と彼女は見ず知らずの日本人訪問者の我々を快く泊めて下さり、しかもその夜は彼女の手製のスパゲティまで御馳走になってこの村でもう6年もいるという彼女の暮らしぶりをいろいろ話して聞かせてもらった。

偶然にも彼女はその居住区でのアートアドバイザーも担当しているというので私は今年の4月からの読売新聞社主催による日本で初めて行われる大規模なアボリジナルアート展覧会の話をして,私もいつか何人かのアボリジナルアーティストを日本に迎えたい旨を述べると彼女もかなり乗り気であったが現実問題としてアボリジニ居住区以外ほとんど出たことのない彼らを10時間も飛行機に乗せるということ、そして自分の生年月日もほとんど把握していない彼らがパスポートを取得する事の難しさ、またアボリジニは『個人』では決して行動しないのでおそらく一人招待するごとにその親族たちを3~4人まとめて一緒に連れて行かなければならないことなど、彼女からのアドバイスは「なるほどなあ」とうなずける事ばかりであった。

アボリジナルアートが私の人生に登場してもう7年。こんなに斬新でユニークなオーストラリアの芸術をどうにかうまく日本にプロモーションが出来ないものかと、その夜はああすればこうすればなどといったいろいろなアイディアが頭の中に巡りめぐってなかなか布団に入っても寝付けなかった。

今回のアボリジニ村では生憎と天候に全く恵まれず、『砂漠に輝く満天の星空』をどうしても見たいと言っていた友人和代の期待も見事に裏切る事になったが、それよりもいつもとは違った角度でアボリジニ達との『ふれあい』を発見した「また、行きたい」と文明都市に住む我々が確実にそう思えた旅となったのだった。そんなドラマを次回からまた少しずつこの紙面をお借りしてお話させていただきたいと思う。

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