気温42度の灼熱のアリススプリングス。オレ様はそこでクーラーがガンガンに効いたホテルの部屋で、今一人静かに、この原稿執筆に励んでいる…。はずであった。

今回のこの原稿、リアルタイムで書いているということで、皆様にはぜひともお楽しみいただきたい。なんたって今日このアリススプリングスで起こった実際の出来事を、オレ様はこうしてタイムリーに報告をしているのであるからね。

前月号でも少し話をさせてもらったように、このたびアボリジニの偉大なる女性画家、エミリー(享年86歳)の展覧会が、今年日本で開催される。会場はまず、 2月に大阪国立国際美術館。それゆえ、その開会式に向けて、はるばる砂漠のど真ん中からアボリジニの画家を2名来日させるようにと、そんな大きな使命をいただいちゃったオレ様。

この展示会を主催しているオージーの女性学芸員は、これまで何度も繰り返してオレ様にこう言う。「これができるのはもうMAYUMI、あなたしかいないわ。あなたのような日本人がいてくれて、私達はとてもラッキー! だからなにがなんでも、どんなことをしてでもアーティスト達を日本へ連れてきてちょうだいね。チュッチュッチュ!!!」。

このように彼女は電話ごしでいつも大胆に投げキッスをしてきた。「どんなことをしてでも…」というセリフがやや気になる。おまけに、まだ一度しか面識のない彼女からの投げキッスは、あまり興奮材料にはならないのだが、それでも「ブタもおだてりゃ木に登る」とは、まさにオレ様のことだと確信する。

おまけにこのオレ様、根っからの“カッコつけマン”とくりゃ、なおさらやばい。ここまでオエライさんにほめちぎられたら、なにがなんでも力を発揮しちゃわなければ、と変な使命感に燃えまくるオレ様であった。

「できません」とは言えない。いや、絶対に言いたくない。この際「ブタ」にでも何でもなろう。ぶーぶー。

今回、豪州から日本へ正式に招かれている2人の画家。一人はすでに2度の来日経験があるバーバラ・ウィア。そしてもう一人はグロリア・ぺチャラ。彼女は日本が初めてだ。

2 人の日本行きが決定してから、私はほぼ毎日といっていい程、バーバラに電話をしている。というのも、彼女達は2人ともアリススプリングスの別々の家でそれぞれ暮らしているのだが、グロリアは携帯電話を持っていない。オレ様の住むメルボルンからでは、彼女の状況が全く把握できないことから、彼女の様子を知るには、まずバーバラに連絡をしなければならないのだ。2人のパスポート取得や日本での滞在スケジュール情報は、常時メルボルンからの遠隔操作が必要なので、細かい打ち合わせは必然的にほぼ毎日のやりとりとなる。

電話口のバーバラ。どうやら彼女は毎日気分があれこれ変わるようで、ご機嫌ななめのある日は「やっぱり日本へは行かない。誰か別の人を連れて行けば」。ガチャンと電話を突然切るし、上機嫌の時には「日本へは何を着ていこうかしら? 日本は食べ物もおいしいし、みんな親切にしてくれるから、今回も行くのが楽しみだわ。MAYUMI。私のお世話、頼むわね。ララララ…ン」と声を半オクターブ上げて、彼女のほうから私に電話をしてくることもある。

ああ。オレ様、もうこの時点ですでに意気消沈。さっきのブタは、どうか丸焼きにしてさっさと食っちまってくれ、といった心境である。

焼きブタのオレ様。それでも気を取り直して、出発予定日よりも2日ほど早くアリススプリングスへ入る。なぜ2日も早くかって? それには、あれこれ深いふかーーい訳があるのさ。

当たり前(だと我々が思っていること)が、当たり前ではないアボリジニの人達の社会。価値観や優先順位が我々とはまるで違う。時間の概念は特にそうだ。

だからいざ出発という日に、オレ様がメルボルンからやってきて「さあみんな、これから一緒に日本へ行きましょう」。なぁんて言ったって、彼女達が準備万端で空港へ時間通りに来てくれるとは思えない。

だからこそオレ様、言い方は悪いが、まずは事前に彼女たちを「とっ捕まえて」、前日、いや前々日から一緒にホテルへ宿泊する、という素晴らしい作戦を立てたのであった。さもなければ、彼女達を延々とあてもなく、どこまでも探す羽目になるのが目に見えている。同じ部屋で3人が寝れば逃げられる心配もまずないだろう。必ず一緒に日本へ行けるはずだ。

我ながら実に名案が浮かんだと思った。ぶーぶー。しかし自慢じゃないが、ダンナもおらず子供もいない、これまでネコとしか暮らした経験がないというオレ様が、今日から一週間も朝晩始終密着で、アボリジニの女王様達と共同で暮らすなんてことが、果たして可能なのであろうか。

しかし、今更そんな心配をしても始まらない。オレ様、すでにアリススプリングスに来ているのだから、なんとしてでも、2人の画家をこのホテルの部屋に、今、目の前にあるクイーンサイズのふかふかベッドに寝かせなければならないのである~~~~~!

ところで、我々は3人だ。でもベットは2つ。あれれ。こりゃ困ったぞ。ただちに受付に頼んでベットをもう一つ余分に入れてもらおう。

20分後。ベットが到着。どう見ても、昔、お女中様達が使っていたとしか思えないペラッペラの簡易ベット。

どうせブタはここで寝ることになるんだろう。とほほほほ。ためしに少し横になってみたら、薄っぺらいマットの下の金属部分が背中に当たるこの感触。思わず泣きたくなっちまったぜ。ぶーぶー。

それにしても、アリススプリングス到着から、ずーーっと電話をしているというのに、バーバラの携帯は常に電源オフ。これはまるで嫌がらせとしか思えない。というか、そんなネガティブなことしか頭に浮かばない程、オレ様のこの豊満な胸は日本出発前の不安で一杯だったのだ。

再度挑戦。やった! かかった! バーバラだ。しかし開口一番「日本へ行きたくなくなった」だとさ。「グロリアはどこ? バーバラ…」と半べそのオレ様。「さっき街のモールのギャラリーにいた。MAYUMIが迎えに来るのを待ってると言っていた」。「行く。行く。今すぐそこへ迎えに行く。ギャラリーの場所はどこ? 教えてちょうだい」と、すぐにタクシーに飛び乗り、さっきまでグロリアがいたというギャラリーに向かったのだが、そこはもうすでに閉店していた。

閉まった店の前で、呆然と立ちすくむオレ様。バーバラに再び電話をする。「ギャラリーは閉まってたよ。あなたがグロリアを見かけたのはいつだったの?」と訪ねると、「さっき」とだけ一言。「さっきって、いつのこと?」とオレ様、疲れもあって声を少し荒げる。「さっきって言っているだろう! ランチタイムの前だったよ」といかにも面倒くさそうなバーバラ。

さて、ここがアボリジニの人達と我々との異なる時間概念なのだということをご理解いただきたい。果たしてランチタイムというのが、彼女にとって一体何時なのか、まずはそれを突き止めなければならないのである。

朝10時にランチを食べたら、それがランチタイム。もちろん午後3時でも同じ。バーバラのランチタイムは毎日変わるのである。

そんなこんなのやりとりをしながらも、結局、午後7時半、黒いスーツケースを抱えたグロリアがホテルに現れる。彼女の姿を見つけたオレ様は、あまりの興奮にあたり構わず飛びついて熱い抱擁。

早速部屋に連れてきてスーツケースの中身を確認。パスポート、オッケー。下着、オッケー。靴下、1足しかないぞ。あれれ。あとの洋服は、みんなアロハシャツもどきのド派手なやつばかりではないか。しかも全部半袖だ。それも、たたんであるわけではなく、ぐじゃぐじゃに丸めて突っ込んでいる感じ。

ちなみに明後日到着する大阪は、最高気温がたったの7度。最低気温はどうもマイナスらしい。

あれほどまでに「日本は寒いから、必ず防寒着を用意しておくように…」と何度も口をすっぱくして言ったはずなのに。見てみたらこれだ。全部アロハシャツだ。

仕方がない。日本では私のジャケットを着てもらおう。サイズがかなり違うが、この際やむを得ない。

よし。グロリアはこれでオッケーだ。はて、バーバラはどこだ? 今度はバーバラ探しになるのか。

グロリアがお腹が空いたというので、ホテルの下のレストランへ連れて行った。すると、ウソのような話だが、フロントでバーバラとばったり会った。だが、今晩泊まるはずの彼女はスーツケースを持っていない。なぜだ? 本当に日本行きを取りやめてしまったのか? 万が一そんなことになったら…。

一瞬、今夜このホテルの天井からぶら下げたロープに、いよいよ手をかけなければならないか…とすら考えたオレ様。バーバラからよくよく事情を聞くと、まだ荷造りが終わっていないから今夜は自宅で寝るとのこと。ただそれだけだった。結局明日の朝、朝食を一緒に取ろうと約束をして、我々は別れた。

くどいようだが「約束」が「約束」として成立しないのがアボリジニの社会。これからの1週間、果たしてどんなジャパンストーリーを繰り広げるか。ぜひ次号でお楽しみくださいませ。