つい先日まで同居していた我が家の怪獣居候様にはとっとと出て行っていただいた。その理由は富士山より高い山ほどある。まずは私の留守を見計らって彼女がジャンジャンかけまくった電話代の多額請求から始まり(今月の請求書を見て愕然としたことは言うまでもない。大粒の涙を流し、この温厚なオレ様が逆ギレせずにはいられなかったのだ!)、また、自分の”家族”だからと連日連夜我が家に次々とゲストを勝手に招いてドンチャン騒ぎ。極めつけは息子が病気だから治療費を貸して欲しいとそのお金を要求。はて、その病気で苦しんでいるはずの息子とは2日前に街でばったり出会っているではないか。しかも彼がそのときゲームセンターで女の子とイチャついていたのもちゃんと目撃しているぞ。このうそつき野郎め~どこが病気なんだ。

… そんな居候様が出て行かれたあと(訂正:追い出したあと)、再び平穏無事な生活に戻ったオレ様にホッとする間もなく、仕事の依頼が入る。何やら日本でアボリジニの健康問題について長年研究をされている大学教授のドキュメンタリー映像を創るにあたって、その現地撮影コーディネーターをして欲しいというものであった。本来オレ様の本業はアボリジニアートコーディネーターであるが実際のところ、美術以外にもアボリジニに関わることであれば、多くを喜んで承諾する。特にこうしたメディア関連のコーディネーターは、取材を介して実に様々な方々との出会いがあるのが、たまらなく嬉しかったりするものだ。どさくさに紛れて撮影中に未来の旦那なんてのも見つかっちゃったりしたら尚更嬉しい。

ふむふむ。撮影コーディネーターね。いいじゃない。いいじゃない。興味深そうな仕事じゃない。それに怪獣居候様を長い間世話したために、我が家の家計はまっかっかの大赤字となったゆえ、少しでも稼がねばならなかったオレ様は二つ返事でこの依頼を引き受けることに。契約期間は15日間。これだけの日数があれば恋の花も十分咲かせることができるだろう。にひひひひ。ディレクターはどんなトノガタかしらん。リチャードギアのような甘いマスクの男性だったらどうしよう。私の瞳をじいいっと見つめながらあれこれと指示をしてくるに違いないわね。

万が一ホテルの部屋へのお誘いを受けてもいくら相手がリチャード・ギア似のディレクターだろうとオレ様は「仕事中ですから」ときっぱり断ろう。

孤独なオンナは妄想上手。テレビにだってたまに話しかけたりする。取り合えずカレンダーの撮影予定日に大きなハナマル印を付けてニヤニヤと更なる妄想を広げた。

私の人生に豪州先住民アボリジニが登場してきて早11年。彼らの深遠な文化と歴史、そして目を見張るユニークな芸術に瞬く間に魅せられて現在に至るのであるが、海の向こうのニッポンで分野が違うとはいえ、同じアボリジニの研究をしている日本人に出会うことは非常に稀有である。

その日本人というのが今回のドキュメンタリー映像の主役である京都大学の名誉教授Y氏で、今や日本中で話題の『カスピ海ヨーグルト』を最初に紹介をされた方としても名が知られている。ちなみに、カスピ海ヨーグルトとは家庭でも簡単に作れて健康にも良いといわれているもの。もともとは中央アジアの黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方にある国、グルジアで食べられているものらしい。

そのグルジアには世界屈指の長寿村があり、その長寿の秘密は現地で食べられているそのヨーグルトにあるのではないかとY教授が分析のためにグルジアから持ち帰ったのが最初だというのだ(オレ様、意外と博識じゃないか)。

ではそのY教授が一体なぜ豪州先住民アボリジニの健康問題に注目をし長年の研究を重ねていらっしゃるのか。

Y教授曰く”これまで長い年月の間、狩猟と漁労の社会で生きてきた彼らの生活から、いきなりこの現代社会に飛び込んできたアボリジニにとって現代の食生活は全く適合しない”という。これには私も全く同感である。狩猟民であった彼らは狩りをするときに長距離を歩きながら(かなりの運動量となる)、常時飢餓に耐え忍ぶ身体を持ち合わせており、その身体の脂肪は獲物があったとき飢餓に耐えられる様に十分蓄えておく必要があったという。

ところが今や飽食の時代となり、彼らはいつでも好きなだけ砂糖、塩、油を過剰に摂取するようになってしまっている。私がいつも足を運んでいる砂漠の辺境地帯に住むアボリジニたちでさえも自分たちの村にスーパーマーケットができたおかげで、もはや狩りへ行く機会がめっきり減少。おまけに大人も子供も朝食の代わりに、コーラの大瓶を朝からがぶがぶ飲み干しているのが現状なのだから。

なんという恐ろしい現実だろうか。世界中で今や一番生活習慣病で苦しんでいるのは、間違いなくこのアボリジニたちなのではないだろうか。極度の肥満からくる糖尿病・腎臓病・そして高血圧で苦しむこのアボリジニたちを何とかしてあげたいというY教授の思いからこのたびの研究が始まったという。

自称敏腕インチキコーディネーターのオレ様、そんな真摯なご研究をなさるY教授のお手伝いをぜひともさせていただこうと俄然やる気満々、早速腕まくり開始。さっきまで妄想で頭がパンパンに膨らんでいたディレクターとの夢のロマンスはこの際もういいやとさえ思えた。

ビクトリア州に暮らすアボリジニ数百人を対象としたこの研究、まずは検査の対象者を募るところから苦労がスタート。場所はメルボルン市内にあるビクトリアン・アボリジニヘルスセンターと称する公的機関。そこはアボリジニが無料で様々な医療を受けられるというところ。遠方からも子供連れで来ている人の姿が多く目に付いた。

さて、いくら都会で暮らしているとはいえ”時間”を最重要視しないアボリジニの彼らに『○月X日に身体検査をしますからね。何時にどこどこへ集まってちょうだいね。来てくれた人には、もれなく日本のギフトをあげちゃうよー』と事前に告知。本当に日本からダンボール箱一杯のミニプレゼントをアボリジニたちのためにはるばる用意されてきた医療スタッフのご努力もむなしく、対象者は待てど暮らせどなかなか現れず。

おまけに今回の検査のためにと日本から持ち込んだ大型体脂肪計(60キロもある大物)が空港の税関で規定外のブツだと怪しまれて通関ストップ。うわぁぁぁ。これがなくちゃあ肝心の検査ができないではないかとみんな大慌て。もひとつおまけにアボリジニヘルスセンターで事前にY教授と細かい打ち合わせをしていた担当女性が、この大事な検査のときに突然休暇取得。うっひゃー。いきなり居なくなるだなんてあんた、担当者でしょーが。ハレホレハレ・・・。

そんな波乱万丈のスタートを敏腕インチキコーディネーターがどう切り抜けたであろうか。それは来月号のお楽しみでありまする。おほほほほ。