久し振りのアボリジニ村訪問であった。

昨年は、ほぼ丸1年間、日本での展覧会のために、あっちへこっちへと飛び回る毎日だったオレ様。それゆえ、こよなく愛するアボリジニの友人達にも、なかなか会いに行けず、長らくのご無沙汰をしてしまっていたのである。「みんな、元気でいてくれているだろうか」。そんな思いを常に抱きながらも、いやはや、物理的な忙しさで、どうしても砂漠へ突っ走っていく時間が取れなかったのが実情だった。

さて、行くと決まれば、すぐにでも飛んで行きたくなるオレ様のこと。日本から戻って来て、わずか2日後には、早速アリススプリングスへ出発することに決めた。何も到着早々、そんなに急いで行くことはなかろうに…と周りの友人知人達からは随分呆れられたが、すでにオレ様の頭の中には、久し振りに再会するアボリジニのおばちゃん達との熱い抱擁シーンが、次々と浮かんできてしまう。ああ。オレ様、もうだめ。

日本から持ち帰ったスーツケースを部屋の片隅に放り投げて、今度はそそくさと砂漠行きの荷造りに精を出す。恋愛も、これぐらい積極的に行動できたら…間違いなく、オレ様はとっくの昔に、かわいい花嫁さんになっていたことだろう。孤独なオンナは、最近、やたらと独り言が多くなる。

少々肌寒い、気温14度のメルボルンを早朝に旅立ってから、空路で3時間。機内でたまたま隣り合わせになった男性に「アリススプリングスへは旅行かい?」と尋ねられた。「いいえ、家族に会いに行くんです」と、そんなことを口走ったオレ様だった。何やらその男性は、ダーウィンの学会に出席するために、アリススプリングスへは乗り換えのためだけに立ち寄るそうだ。よくよく話をしてみると、彼が医者だと判明。なんだ、お医者さんもエコノミークラスで旅をするのか・・・と、オレ様は全く根拠のない安心感を覚えた。そして、相手がお医者さんだとわかった途端、何だかそのうち、専門的な話をされそうな気配を(勝手に)感じたオレ様は、すぐに寝たフリをしたのだが、いつの間にか本当に寝てしまった。

どれぐらい眠り込んだだろうか。ふと目が覚めると、隣のお医者さんは、学会の準備のために、電話帳ぐらい分厚いたくさんの書類に目を通していた。専門は気管支系だという。寝起きの悪さでは世界チャンピオンクラスのオレ様に、そのお医者さんは、「お嬢さん。いびきを止める方法を知りたいかい?」といきなり尋ねてきたではないか。寝起き早々なんだ、一体?そんなことよりも、まずは最近、久しく耳にすることのない『お嬢さん』という単語に、オレ様、ビクンと反応したが、すぐさま、「ありゃりゃ。いびきかいちゃってましたかね」と、途端に顔がまっかっか。もしや、口も開けていたのでは? よだれはどうだろう? 慌てて自分の口の周りが濡れていないかどうか、触って確認したが、どうやらそれは大丈夫だったようだ。

人間、寝ている時こそスキだらけ。そういえば今、突然思い出したが、高校時代に修学旅行で、深い眠りについていたオレ様の閉じたまぶたに、もうひとつマジックで大きく目を描いたニクタラシイ同級生がいたっけな。翌朝、目が覚めて、何も知らずに洗面所へ行って、自分の顔を鏡で見た時のオレ様の驚きようったらなかった。唯一、そのマジックが油性でなかったことに、今更ながら深く感謝したいと思う。

さて、いびきを止める方法を、お医者さんに真剣に聞き入っているうちに、我々の乗った飛行機は、オーストラリア中央砂漠の玄関口であるアリススプリングスに無事到着。空港を出るやいなや、そこでは灼熱の太陽が、容赦なくギラギラと照らしながら、すかさず「よっ! 砂漠へお帰り」と、まるでオレ様に上機嫌で挨拶をしているようだった。雲ひとつ見えない真っ青な空、そして、それと対比するかのような褐色の大地。気温40度は軽く越えているだろうアリススプリングスで、早速レンタカーの四駆に乗り込み、オレ様は、およそ400キロ先のアボリジニ村へ、時速140キロで突っ走った。それこそ早くみんなに会いたいという一心でね。

ほぼ1年ぶりとなるマウント・リービックへの訪問。村に到着するやいなや、出発前にしっかりとイメージトレーニングしていた通り、オレ様の姿を見つけたアボリジニのおばあさんや子供達が、次々に駆け寄って抱きついてくる。元来、アボリジニの人々には抱擁するという習慣はないのだが、やはり今では西洋文明の影響もあってだろうか。最近は、彼らの方から「ぎゅう」っと強く抱きしめられることが多くなった。うーーん。この香り。ああ懐かしい。いつもの鉄棒のにおいだ。オレ様の鼻を一気に突き刺すこの感じが、たまらない。彼ら独特のその体臭がこれまた、オレ様に明るく「お帰り」と言ってくれているようだった。

「ナカマラ(←彼らからもらったオレ様のスキンネーム)、久し振りだなあ。今までどこ行ってたんだ?」
「モシモシ(←中にはオレ様のことをこう呼ぶ人たちもいる)、子供は何人できた?」
「ナカマラ、髪が伸びるシャンプー持って来てくれたか?」
「モシモシ、いつジャパン(日本)へ連れて行ってくれるんだ? 来週ヒマか?」

…とまぁ、抱擁のあとは、間髪入れずに、まるで機関銃なみの質問攻め。それにしてもだ。洗っただけで髪がみるみる伸びシャンプーなんて、オレ様は聞いたこともないし、たった1年間で子供が何人もできたら、それこそ想像妊娠以外のナニモノでもない。おまけに来週いきなり日本へ連れて行けだって…いくらなんでもカンニンしてほしい。

…と、そんな会話を楽しみながらも、オレ様は今回一番会いたかった女性の元へと足を運んだ。彼女は若くして病気のために全盲となり、恐らく、このアボリジニ村では、今、一番の年長者であると思われる。目が不自由なだけに、自分の周りの気配は人一倍敏感に感じ取る人だ。

オレ様、黙ってそうっと彼女に近いてみた。すると、その気配に気付いた彼女は、すぐに「おーー! ナカマラ。ナカマラ。戻ってきたのか。よく来たなあ」そう言って、ひゃっひゃっと笑いながら、オレ様の手を強く握ってきたではないか。目がまだ見えていた頃は、きっと狩りの名人だったに違いないんだろうなと思えるほど、大きくがっしりとした見事な掌だ。ほんの少し前に、久し振りにシャワーを浴びて髪を洗ったという彼女は、オレ様にプラスチックのクシを手渡す。髪をとかして欲しいと言う。身だしなみを気遣う「オンナゴゴロ」は、世界共通なのだとオレ様、納得。そして妙に嬉しくなった。

サラサラとした彼女の美しい白髪をクシで丁寧にとかしていると、今度はいつの間にか、あっちからこっちから幼い少女達が集まってきて、オレ様のカバンの中を、何やらごそごそやり始めた。最初は、何してんの、アンタ達? と不思議に思っていたものの、何やら前回、オレ様が、自分のカバンの中から化粧ポーチを取り出して、ある一人の女の子に口紅を塗ってあげたことを彼女達が鮮明に覚えていたらしく、「今度はわたしにも。わたしにも」と、じゃんじゃか迫ってきたのである。

ほほぉ~~~。ここにも世界共通の女性がいたではないか!!!

どうせなら、大胆で派手な色の方が、彼女達の褐色の肌には似合うだろうとオレ様は、とびきり赤い口紅を、そこに集まってきた女の子達、一人一人全員に塗ってやった。中には自分で鏡を見ながら、これでもかというほど、得意気に塗りたくっている少女の姿もあり、何ともほほえましく思ったものだった。到着してからまだほんのわずか。しかし、こうしてオレ様は、ここでの『自分の存在』を再確認する。

生憎とまだ、かわいい花嫁さんには、なれてはいないが、“自分が誰かに必要とされている”と感じられることこそが、魂がふか~く満たされる至福のひと時。オレ様は、こんな気持ちにさせてくれるアボリジニの人達に、改めて感謝するのであった。