今日はアリススプリングスに戻る日だ。久し振りに訪れたマウント・リービック(オーストラリア中央砂漠のアボリジニ居住区。アリススプリングスから西に360km。人口およそ300人。オレ様が10年通っている第2の故郷)はいつもと変わらぬ温かい人達でいっぱいだった。それでも、いつもオレ様をかわいがってくれていた長老達が、他界していなくなったという、どこか異なる空気、ちょっと虚無感に近いものを感じた、今回の滞在であったことは言うまでもない。

アリススプリングスからマウント・リービックへ訪ねる時に、最近はほとんど1人で行くことが多い。まあ、同乗者がいればもちろん心強いし、運転も代わってもらえるので体力的にも楽チンではあるのだが、時折おしゃべりに夢中になってしまって、道端にひっそりと、奥ゆかしく咲いている野生の花に気付かなかったりしてしまう。それに比べて、1人で、真っ直ぐな道を何時間も運転するのは、確かに孤独感を感じることがあるが、それはそれでまた楽しいものでもあったりするのだ。

人にはほとんど出会うことのない、乾燥した砂漠の1本道。うっそうと生い茂る木々を眺めながら、どこを見回しても真っ平らで堂々としている大地に、自分の身をふと預けたくなる瞬間。また、世界の大部分が空であることにも気付かされる驚き。自分の好きなCDをガンガンかけて、時速140kmでぶっ飛ばすあの快感は、何とも言えないものだ。おまけに、ニクタラシイ野郎の顔を思い浮かべながら「○○のばーーーか!」とか「△△のデーーーブ!」とか言っちゃったりもするが、これは孤独な独身オンナのストレス解消法だと、どうかお許しいただきたい。

一度だけパンクで立ち往生したことがあった。
その時は車の中で一夜を過ごして、真夜中に出没した砂漠の動物達と、仲良く一緒にお茶を飲みながら、世の中の経済状況について談義したりした・・・らきっとおもしろかっただろうに。
音という音はまるで聞こえない。唯一自分の声だけである。もちろん話相手がいないために、今日1日誰ともしゃべっていないことに気付くオレ様。時々「あーーー」とか「うーーー」とかつぶやいて、自分がちゃんとしゃべっていることを確認したりする。耳に言葉がちゃんと聞こえてきて、妙な安心感を覚えたりするのだ。

でも、どうして発声をするときに人はいつも「あー、あー」って言うのだろう?(←でも、これってもしかしてオレ様だけか?)「ペー、ペー」とか「ルー、ルー」じゃ駄目なのかしら。そんなどうしようもないことだって、砂漠ではなぜか楽しく思える。

周りの人からよく、「そんなところで1人ぼっちだなんて。孤独じゃないの? 怖いでしょう?」と聞かれる。もちろん不安はいつもいっぱいだし、このまま明日も明後日も人に会わなければ、そろそろ「遺書」ぐらいは書いておいた方がいいかもしれない、と真剣に考えたりするんだからね。

さて、今日もアリススプリングスへ1人で戻ることになるのか、と思いながら、出発前の車点検をしていた時、1人の女性がオレ様に近付いてきた。「私を一緒にアリススプリングスへ連れて行って欲しいの」そう言ってきた彼女は、これまであまりマウント・リービックでは見かけない顔で、オレ様も個人的にはあまりよく知らない女性だった。しかし、これもまた何かの縁だろうとオレ様は、彼女のオファーを快諾し、「じゃあ、後で家まで迎えに行くから待ってて」と、自己紹介もしないまま点検を続けた。

名前も知らない彼女と、アリススプリングスまでのドライブ。順調に運転しても4時間半はかかるだろう。まさか、途中で噛み付かれたりはしないだろうな・・・。多少の不安を抱きながらも、時間になったので、オレ様は彼女を迎えに家へ向かった。

元々『時間』の概念が、我々とは異なるアボリジニの人達である。通常、オレ様は狩りに行く時には、しつこく何度も時間を確認するが、ことごとくドタキャンされることが多い。なのに、彼女はちゃんと旅支度をして、オレ様が来るのを、自宅の前でしゃがんで待っていてくれたのには少したまげた。彼女はオレ様の姿を見るなり「ちょっと見せたいものがあるから家の中に入って」と言い出す。さては、このまま家に閉じ込めて身ぐるみはがされるんじゃないだろうな・・・。孤独な独身オンナは、ついつい悲観的に物事を考えがちになるので気を付けなければならない。

恐る恐る入った彼女の家は、家具こそは何もなかったが、わりときれいに掃除がされていて、壁には家族の写真が、あっちにもこっちにもたくさん貼られていた。彼女がオレ様に見せたいと言ってくれていたのは、そのたくさんの写真だったのだ。

「この人が私の叔父さん。あっちは従兄弟の3番目の子供で、その隣が義理の母の妹の姪っ子なの」と、全員の名前を教えてくれたが、とても覚えられる人数ではない。というよりもオレ様は、彼女の名前さえもまだ聞いちゃいない。

ローズマリー。彼女の名前だ。顔に似て何とも愛らしいと思った。

さあ、そろそろ出発しようかと、彼女の荷物を運んであげようと思ったが、その荷物がどこにも見当たらない。これから1週間はアリススプリングスで滞在をするというのに、なんと彼女は手ぶらで出掛けるという。ありゃーっ!! よく見ると靴も履いていないではないか。ちなみに所持金ゼロ。オレ様も、これほど身軽に旅に出たいものだと真剣に思った。

ローズマリーとのアリススプリングスまでの車中4時間半は、いつになくとても楽しい時間であった。ついさっきまで全く知らなかった人が、今は不思議なくらい「こころ」がつながっていると思えてならない。

街に到着して、腹が減って死にそうだという彼女と、マクドナルドに入ってジャンボバーガーを一緒に食べた。所持金ゼロのくせに、ポテトのビックサイズも食べたいと言い出すローズマリー。「しょうがねーなー」と言いながら、オレ様はコーラも付けてあげた。もちろん、ダイエットコークをね。アボリジニの人達と一緒にいるオレ様は、いつもとても楽しいと心の底から感じる。彼女達も同じように感じてくれることを願ってやまない。

ちなみに、ローズマリーは、前日に刑務所から出所したご主人に会いに、アリススプリングスまでやって来たらしい。ご主人の顔を見るやいなや、オレ様がそばにいたので、ちょっと照れくさそうにしながらも、熱く抱擁したローズマリー。ぜひまた会いたい女性の1人である。