新しい年を迎えるとこんなオレ様でも何となく気分もキリリとなり正座をしながらあれこれと抱負などを考えてみたくなったりするものだ。

“初心に戻って”という言葉を最近よく思い起こす。初めて何かをたくらむ?ときのあのわくわくドキドキ感というか心の緊張感というのはたまらない興奮だ。

そこで今回は2005年のスタートとして”あの頃”のあまりにもフレッシュだった自分のハートにもう一度耳を傾けてみたくなった。それゆえアボリジニの話題からは少しかけ離れてしまうが今回に限ってそのへんはどうかお許しいただきたい。

思い切って日本を脱出してからはや12年。“外国で暮らしてみたい”と心の片隅にそんな想いを抱いて、メルボルン空港へスーツケース2つ抱えて降り立った。

「自分の可能性を信じて」なんていうと聞こえはいいが、とにかく「行けば何とかなる」というまったく大胆な発想しかなかった当時26歳のオレ様は、案の定見知らぬ街メルボルンではおしっこちびりそうになった体験をいくつもすることになるが、それでも何とかこの土地に、このオーストラリアに溶け込もうと日々奮闘した。

「憧れの外国で好きな仕事を思いっきりやってアンタは幸せだわよね~」と時折友人たちから羨ましそうにつぶやかれるが、このオレ様だってオーストラリアに来た当初は文化的背景の異なる人たちと一緒に仕事をすることに困惑を覚え、言葉がわからないことから相手にしてもらえずに半分ノイローゼ気味に陥り、さみしいということを理由に悪い男にも騙されたことだってこの際白状しちゃうもんね。おまけにそのときの持ち金がわずか$900しかなかったことまで銀行口座を初めて開いたときの明細書がしっかりと証明してくれている。そして“やっぱり何とかなったじゃん”とどこか得意気になってみたりする。

オレ様とアボリジニアートとのまさに“運命的な出会い”は、ある夕暮れ時の雨宿りだった。あれが運命だったとか宿命だったとか、オレ様にはいまだによくわからないのだが、とにかく予期せぬ出来事がたった一回の雨宿りで自分の人生に舞い込んできたという話をここで少しさせていただこう。

1993年、当時ボランティアの日本語教師として人口800人の小さな田舎町で暮らしていたオレ様は、ビザが切れるという理由もあり、日本帰国を間近に控えていた。日本を出発するとき、成田空港で家族や友人たちに「しっかり外国で頑張ってくんのよー!」とバンザイ三唱をされ、おまけに餞別までいただいちゃったりしてるもんだから、このまま手ぶらで帰るわけにはいかないと思い、お土産を探しに、初めてメルボルンへ行くことになったのであった。

久しぶりに見上げる高層ビル、人混み、美味しそうな日本食レストランがたくさんある。さすが大都会だ。毎日ホームステイで真っ黒に焼かれたわらじのようなステーキしか食べていなかったオレ様は、真剣に真っ白いピカピカ光るお米を日々夢見たものだった。ランチにはお寿司と天麩羅そばのセット。久しぶりのお醤油味に涙が出そうになる。そして夕飯もここで食べようと、すでにメニューまで決めていた。

閑話休題。

そうそう。雨の多いメルボルンで、ふと雨宿りのつもりで飛び込んだアボリジニアートギャラリーで、オレ様はとんでもなく衝撃的なアボリジニアートとの出逢いを体験したのだ。というよりも、ギャラリーオーナーのハンク・エビス氏にあのとき声を掛けてもらっていなければ、今のオレ様は間違いなくオーストラリアにはいない。

閉店間際に、しかも雨宿りで画廊へ飛び込んで入ったずぶ濡れの日本人を、いったい誰が「絵を買うお客」として接客をしてくれようか。店のスタッフからは完全に無視をされ、それでもずうずうしいオレ様は初めて目にした点々模様の不思議なアボリジニの絵に瞬く間に魅了され、店を出ようとはしなかった。初めて観るアボリジニアート。しかしちっとも初めての気がしなかったとても懐かしい温かい気持ちに包まれたオレ様は、ただただ時間を忘れて店内をぐるぐると挙動不審者のように廻っていた。さすがに怪しいと思われたのか、突然背後から男の人の声が。それがハンク・エビス氏だった。

「君は日本人かね?」

「はい。そうです。」

「メルボルンへは観光で来ているのかね?」

「いいえ、田舎町で立派にストリッパーとして働いています。稼いだお金は日本の家族へ毎月仕送りしています。」

と答えたかどうかは内緒の話。

他愛も無い会話をしながら彼がこのでっかい画廊のオーナーだということが判明した。そしてアボリジニアートについてどう思うかなんてことを質問されたが、オレ様には返答できる知識も情報もまるでなかったので、そのことを正直に話した。すると彼は、絵を買うはずもないこの怪しいオレ様に延々と勝手にアボリジニのレクチャーを始めたのである。

よっぽどお客さんがいなくてヒマだったか、もしくはオレ様をあとで食事にでも誘ってその後2階の別室で… なんて孤独なオンナ特有の妄想がぐるぐる頭をかけ巡った。

しかし、ハンクのしてくれたアボリジニの話がとても面白かったので、もっと別の作品が観てみたいと結構ずうずうしいことを平気で言った記憶がある。すると「それじゃあ私の個人コレクションを特別に見せてやろう。2階へおいで。」と閉店時間をとっくに過ぎ、店のスタッフも全員帰って誰もいない画廊の2階で自分のプライベートコレクションをどこのウマのホネともわからぬこのオレ様に見せてくれるというのだ。怪しい! 絶対に怪しい!!

案内された2階の部屋には鍵がかかっていた。うう…ん。ますます怪しい!

最初に話しかけられてからかれこれ4時間が経っていた。彼の話を聴きながら、なぜこんなにもオレ様に時間を費やしてくれるんだろうと、不思議に、そして怪しく思いながらも、心地良く流れる空気に身を任せていると、

「君は日本に帰ったら何をするんだね?」と再びハンクがオレ様に問い掛ける。

「それは日本へ帰ってから良く考えます。仕事をまた探さなければなりませんし」

「ここで働きながら、アボリジニアートを日本へ紹介してみる気はないか?」

「????????????」

はじめは何のことをいわれているのか良く理解ができなかった。雨宿りの日本人客に一体何をしろというのか。しかももうすでに帰りの準備が整っているオレ様にこのままオーストラリアへ残らないかだなんて、絶対に頭がどうかしている。慌てて今度は自分の頭の中を整理しようと試みたが、余りにも突然のこの申し出にさすがのオレ様も動じずにはいられなかった。

結局あれからこうして12年もの間、アボリジニにずっと携わっているのであるから、その後オレ様がどうハンクに返事をしたのかは皆様もうご承知であろうが、もしもあの時雨宿りでラーメン屋に飛び込んでいたら今ごろオレ様は立派なラーメン職人となっていたのだろうか。人生、いつどこで何が起こるかわからない。だから面白い。

2005年もどうぞよろしくお願い申し上げます。