忘れてもらっちゃ困るので、ここでオレ様の仕事を再度お話しようと思う。

オレ様は自分の名刺に、『アボリジニアートプロデューサー』と明記している。つい1年ほど前までは、『アボリジニアートコーディネーター』と記していたのだが、ある時シンガポール在住の知人に、「プロデューサーのほうが真弓ちゃん、ずっとカッコいいわよ」と言われ、根が単純なオレ様は、直ぐに名刺を「プロデューサー」と印刷し直したというわけだ。単純な人間って、結構お金がかかるものである。

そう。こうして知人からのアドバイスだけで、いきなりプロデューサーとなっちまったオレ様が、では具体的にどんなことをしているかと申しますとね。オーストラリア先住民アボリジニの画家達が描く絵画を、日本へ向けてプロデュースをするってことなのでありますがぁ…。だから、それが何をどうすることなんだって、もっと知りたいあなた。意外としつこいですね。いいでしょう。じゃあ、更に詳しくお教えしましょう。

今や1年の3分の1を、オーストラリアの中央砂漠で滞在をしているオレ様は、現地でアボリジニの人々と一緒に狩りをしたり、儀式で1週間野宿をして、乳出し踊りをしたりしてはいるが、本来の居住区滞在の目的は、才能あるアボリジニの画家と彼等が描く斬新でユニークな作品を、くまなく発掘することなのである。

ただし、いわゆる画商という立場にはなりたくないオレ様ゆえ、街から何百キロも離れた砂漠のアボリジニ居住区へ自らの足で赴き、そこでできる限り画家達と時間を共有して、実際に作品が描かれる現場を、自分のこの目で見極めながら、その中で怖くなるぐらいわくわくする絵画を、1点1点買い付けするのが大事な活動の一つだ。

ここ数年、世界中のアート収集家達から、目を見張るばかりの注目度を集めているオーストラリアのアボリジニアート。この需要に比例して、作品の価格高騰は、とんでもなくすごくなったが、実際に作品を描く画家達の意識の高揚も、驚く程高まったと思う。

「アイ、アム、アーティスト。フェイマス。フェイマス」と言いながら、なんとかオレ様に絵を買ってもらおうと、自分の作品を積極的に見せに来る表情は、とても誇らしげだ。

しかしその中には、「絶対買え。買わんと許さん」と攻撃的な画家もおり、これまで何度か、あっちへこっちへと追い掛け回されたことがあったっけ。どさくさに紛れてエロじじぃに耳までなめられたことだってある。また、滅多にないことだが、数年前には1度ハンマーを思いっきり投げつけられ、命拾いしたことだって記憶に新しい。

プロデューサーというのは、どうやら逃げ足が速くなければならないようだ。そしてセクハラに耐え忍び、常に命がけの戦いでもある。

先日、久し振りに砂漠の居住区へ出掛けた。そこは、アリススプリングスから350キロほど離れたユゥエンダムゥという、オレ様が初めて訪れるアボリジニの居住区だった。そこには、一般の人々が事前に予約さえすれば、自由に立ち入りが許可される小さなアートセンターが常設されている。購入も自由にできるので、オレ様も、今回どんな作品に出逢えるものかと期待に大きく胸を弾ませていた。

到着後、早速担当のスタッフに案内されてアートセンターへ向かうと、そこにはすでに、何百ものキャンバスが床一面に配置されており、部屋の壁にはこれでもかという程、所狭しと絵画が展示されていた。

そこに足を踏み入れるやいなや、オレ様はもう、直ぐに目がくらくら状態。ああ~! もうだめ。これはまるでおもちゃ屋に連れて行かれた子供の心境。あっちにもこっちにも目移りしちゃって、とにかく欲しいものだらけ。始終、興奮しっぱなしだったのだ。

結局そこで絵画を物色すること5時間。それでもまだまだ時間が足りない。しかし窓の外はすでに薄暗くなっていた。これから再び街まで、4時間以上の道のりを運転して帰ることを考えなければ、オレ様は間違いなく、そのアートセンターにそのまま居座っていたはずだ。

案の定、絵画を選んでいる間には、何人かの画家達がアートセンターに入ってきて、「これが自分の作品だ」と言って、その絵画を指差しながら、オレ様に得意気な表情を見せる。またその場の雰囲気次第では、画家がその作品の意味を解説してくれたりと、オレ様にとって非常に意義深い時間が流れるひと時でもあった。

しばらくすると「オマエ、どっから来たんだ」とある女性に聞かれた。「メルボルン」と言ったら首をかしげられたので、次に「ジャパン」と言ってみたら、「おぉ~~~!」とものすごく驚いた顔をされた。

普段、居住区の外へはあまり出掛けないだろうと思われた、高齢のアボリジニの女性だったが、彼女がメルボルンは知らないけど、日本を知っていたと思うと、それこそオレ様のほうが「おぉ~~!」と言いたくなったものだ。

その女性は初対面であるオレ様の目をじぃーっと見ながら、どういうわけだか、突然ぎゅぅっと抱きしめてくれた。独特のアボリジニの人々の体臭。懐かしい鉄棒のようなにおいだ。なんてフレンドリーな優しいおばちゃんだろうかと、嬉しくなったオレ様も、ぎゅぅっと彼女の豊満な肉体をつかんだ時…!!!

耳元で彼女がそうっとささやく。

「さっきのあの絵、3000ドルでどうだい?」と。

…さすがである。

お見事だ。

アボリジニアートプロデューサーなるもの、時に情にほだされてはならないというのも、鉄則かもしれない。ぎゅぅっと抱きしめられたぐらいで、3000ドル使ってはならないのである。

さて、今度はどんな居住区へ出掛けてみようか。オレ様、そんなことを考えている時が一番楽しい。2009年、今年もオレ様の砂漠通いはまだまだ続きそうだ。