Collection: tokyo2026

  • ブッシュプラムドリーミング

    ブッシュプラムドリーミング

    1980生まれの若手作家、絵画制作を始めてまだ日は浅いものの勢力的なプロモーションにより年々人気が高まっている。

    アボリジニの人々にとって広大な大地はこの世に命を持つあらゆるものを生み出してくれた偉大なる母であり、また死後には自分たちの肉体と魂が再び戻っていくことから精神的な強いつながりを持つ特別な場所であると語られている。

    世界で最も水の乏しい乾燥した大地だといわれるオーストラリアの中央砂漠。そこで採れる野生の果物(ブッシュプラム)をモチーフにしたこの作品は、はるか太古から大地とともに暮らしてきた先住民アボリジニの人々にとってとても重要な情報でもあり、それは許された者だけに公開されるものだという。

    大地の隅々まで熟知している作者にとって、大地からもたされる「恵みの食べ物」をモチーフに描く作品はまさに作者が“母なる大地に抱かれている”感覚なのではないだろうか。

  • ダンシングトラック

    ダンシングトラック

    1963年に、オーストラリア北部・ダーウィンにて生まれる。豪州アボリジナルアート界での巨匠および国内外において著名な画家であるバーバラ・ウィアを実の母に持つ作者は、幼いころから常に母親の傍で絵画制作に見入っていたという。そしてあるとき母親から突然キャンバスを手渡されたのを機に自ら絵を描き始めたそうだ。

    2008年、東京新国立美術館で開催されたエミリー・ウングワレ―展の開会式出席のため母親バーバラと一緒に初来日。1週間の日本滞在を大いに満喫した。

    2023年には2度目の来日を果たし、東京展示会場ではライブペインティングを披露。観客たちを沸かせ、大人気であった。

    近年、オーストラリアの首都キャンベラにある王立植物園広場の石畳モザイクに作者のデザインが使用されたことで大きな話題となっている。

  • マイ・カントリー

    マイ・カントリー

    1971年生まれの作者は南オーストラリア・フレゴン街で幼少期を過ごした。

    絵画制作を始めたのは2004年。アーティストとしてのキャリアを育むため、フルタイムで画家として仕事をするまではKALTJITIアートスタジオでしばらく経営のアシスタントを務めていたという。

    主題は作者の祖母から受け継がれた自らの故郷にまつわる物語。

    祖母は作者にとってとても影響力のある人物であったことからそのストーリーを伝承する重要性は幼い頃から十分に認識をしていた。

    図案に描かれる大きな同心円は作者のカントリーにある多種多様な岩山を表し、遥か太古にその土地を創造した精霊たちが旅をした道程でもあるという。

    斬新でエネルギッシュな作品は人気も高く、近年美術愛好者たちが大きな注目を注ぐ期待の女性画家だ。

  • ブッシュヤムポテト・ドリーミング

    ブッシュヤムポテト・ドリーミング

    作者は実の父親のカントリー(豪州中央砂漠北東部)にまつわるストーリーを主題として描く。

    タイトルの“ブッシュヤムポテト”とは野生のイモ科の植物のことでそれらは自分たちが暮らす大地(カントリー)の地面下で筒状に育ち、それをアボリジニの人々が掘り起こして食物とする。乾燥した砂漠地帯にようやく雨が降ったあと色とりどりの草花が地面いっぱいに咲き乱れそこに筒状のブッシュヤムポテトが育血、細かい点描はその種子を表していると言う。

    モダンな色使いと独特でユニークな図案が人気で、近年では豪州のインテリア雑誌に取り上げられる頻度も多い。

    日本で初めて作品を紹介したのは2007年。たちまち人気作家となり、人気は年々上昇するばかりだ。

  • マイ・カントリー(ウォーター・ドリーミング)

    マイ・カントリー(ウォーター・ドリーミング)

    自らの母親から継承されたストーリーを独自の手法で斬新に描く若手の女性アーティスト。アボリジナルアート発祥の地・パパニアで暮らす。

    自分たちのカントリーが日々正しく機能しているかどうかアボリジニの人々は常に「大地の表情」を静観し、時によってはカントリーに呼びかけながらその日のご機嫌をうかがう。

    この図案はある日、砂漠では稀な豪雨となったことで居住区内が大洪水になりながらも人々は「恵みの雨」と大地へ祈りを乞い、災害を免れたストーリーを描いているという。

    “ドリーミング”(アボリジニ社会における独特な思想・世界観)は何世代にも渡って祖先から次の世代へと伝承されるもので、自分たちが厳しい環境の中で生きるための“バイブル”として現在においても何も変わることはない。

    一晩中、儀式を行いそこで歌い踊り、精霊たちと交流をしながらこの「世界の成り立ち」の壮大なストーリーを学んでいくことはアボリジニ社会では重要不可欠なことなのである。

  • 母の大地

    母の大地

    1945年ごろに生まれる。

    アボリジニの人々にとって広大なオーストラリアの大地は自らを創り出してくれた偉大なる「母」。
    作者はアボリジニの母親とアイルランド人の父親を持つ混血児であったことから1950年代、オーストラリア政府の親子隔離政策(Stolen Generation)により、幼い頃に(当時9歳)母親から強制的に引き離されて「オーストラリア白人社会」への順応を余儀なく要求された体験者である。そのため家族の待つ自分の故郷へ一刻も早く戻りたいと日々願っていたという。

    故郷をあとにしてからおよそ20年の歳月が過ぎた頃、作者の念願がやっと叶い自分の生まれ育ったカントリーへ再び戻ることとなった。この作品には自分とカントリーのコネクションを再確認できた大きな喜び、そして長い年月を経ても快く受け入れてくれた家族への深い感謝の気持ちが込められている。

    いまや世界中にコレクターが存在する著名画家として瞬く間に名声を上げた作者は日本のメディアにもこれまで多数出演をしている。

    大の親日家でもある作者のこれまでの来日経験は5回。2028年には大阪国立国際美術館・東京国立新美術館で大々的に開催された「アボリジニが生んだ天才画家・エミリー・ウングワレー展」において、故エミリー・ウングワレ―とは生前誰よりも近しい親族のひとりだったことからオフィシャルゲストとして日本へ招かれた。

    2023年。家族の見守る中アデレード病院にて逝去。

  • ブッシュプラムドリーミング

    ブッシュプラムドリーミング

    1947年生まれのベテランアーティスト。オーストラリア国内外に多くのコレクターが存在する著名画家でもある。

    作者の名前が知られるようになったのは、1970年代にオーストラリア政府のプロジェクトの一環であった、ユトーピアコミュニティの女性たちで制作されたバティック(ろうけつ染め)であった。

    その後、現在の画布となるキャンバス地に描くようになってからも独特な色合いとユニークな図案が人気を呼び、たちまち注目を集めるようになったという。

    主題はいくつかあるが、多く描かれるのは自らの故郷(Arlparra)であるマイカントリー。作者にとって大地と自分の関わりこそが何よりも重要なものであることは間違いない。

    Collections:
    Commonwealth Law Courts, Melbourne, VIC
    The Holmes à Court Collection, Perth, WA
    La Trobe University Collection, Melbourne, VIC
    Mbantua Gallery Collection, Alice Springs, NT
    National Gallery of Victoria, Melbourne, VIC
    National Gallery of Australia, Canberra, ACT
    The National Museum of Art, Osaka, Japan
    The Oval Board Collection, Bishop Museum, Hawaii, USA

  • 女性の儀礼

    女性の儀礼

    1922年ごろユトーピアにて生まれる。

    2004年後半に最も近しい親族である画家のバーバラ・ウィアに絵画制作を促されたのがきっかけとなり、それ以後は斬新でエネルギッシュな筆づかい、そして独創的な構図の美しさに幅広い年齢層のファンが定着した。

    アボリジニの女性の儀礼をではそれぞれの身体(肩・胸元・乳房・太もも)に絵を描き、祖先から伝承される歌をうたい踊りを舞う。それは自分たちの社会が繁栄し続けることを祈る儀式でもあるという。

    年配者はその儀式の際に、自分たちが属する祖先のグループがどのような社会的役割を担うのか、また世界存立の壮大なスケールのストーリーについて次の世代へと伝えていく。

  • 私の母の故郷

    私の母の故郷

    作者は1953年生まれ、ユトーピアの女性画家として1990年代後半から絵画制作に励んできた。アーティストとしてのキャリアは比較的長いベテラン作家の1人である。

    細やかな点描は乾燥した砂漠地帯にようやく雨が降ったあと色とりどりの草花が咲き乱れそこにブッシュプラムが生息する様子を描いている。
    (注:ブッシュプラム → 乾燥したオーストラリアの中央砂漠でアボリジニたちの大切な食料源となる果物の実。ビタミンCを非常に多く含む。)

    細やかなドット手法が人気でありもはやコレクターが数多く存在する。作者が絵画を描くということは大地と自分が常に関わり合っていることを確認することの表現。
    これははるか太古から祖先(精霊)によって伝承されてきたメッセージを大切に守り続けるための重要な儀式を行っているのと同じだと作者自身は誇らしげにいう。

    コレクション:National Gallery of Victoria

  • 私の母の故郷

    私の母の故郷

    作者は1953年生まれ、ユトーピアの女性画家として1990年代後半から絵画制作に励んできた。アーティストとしてのキャリアは比較的長いベテラン作家の1人である。

    細やかな点描は乾燥した砂漠地帯にようやく雨が降ったあと色とりどりの草花が咲き乱れそこにブッシュプラムが生息する様子を描いている。
    (注:ブッシュプラム → 乾燥したオーストラリアの中央砂漠でアボリジニたちの大切な食料源となる果物の実。ビタミンCを非常に多く含む。)

    細やかなドット手法が人気でありもはやコレクターが数多く存在する。作者が絵画を描くということは大地と自分が常に関わり合っていることを確認することの表現。
    これははるか太古から祖先(精霊)によって伝承されてきたメッセージを大切に守り続けるための重要な儀式を行っているのと同じだと作者自身は誇らしげにいう。

    コレクション:National Gallery of Victoria

  • マイ・カントリー(ウォーター・ドリーミング)

    マイ・カントリー(ウォーター・ドリーミング)

    自らの母親から継承されたストーリーを独自の手法で斬新に描く若手の女性アーティスト。アボリジナルアート発祥の地・パパニアで暮らす。

    自分たちのカントリーが日々正しく機能しているかどうかアボリジニの人々は常に「大地の表情」を静観し、時によってはカントリーに呼びかけながらその日のご機嫌をうかがう。

    この図案はある日、砂漠では稀な豪雨となったことで居住区内が大洪水になりながらも人々は「恵みの雨」と大地へ祈りを乞い、災害を免れたストーリーを描いているという。

    “ドリーミング”(アボリジニ社会における独特な思想・世界観)は何世代にも渡って祖先から次の世代へと伝承されるもので、自分たちが厳しい環境の中で生きるための“バイブル”として現在においても何も変わることはない。

    一晩中、儀式を行いそこで歌い踊り、精霊たちと交流をしながらこの「世界の成り立ち」の壮大なストーリーを学んでいくことはアボリジニ社会では重要不可欠なことなのである。

  • ボディペイント

    ボディペイント

    1930年に西オーストラリアとノーザンテリトリーの州境にあるギブソン砂漠周辺で生まれた。その後は両親とともに移動生活を営みながら幼少期を過ごす。

    1971年に中央砂漠においてアボリジナルアートムーブメントが起こった際にパパニアコミュニティで暮らしていた作者はその第一世代目の画家として注目を集め始める。

    とても頭が良く、当時は薬草を用いてあらゆる病も治す力を備えていたことから居住区内では周りから「ドクター」と呼ばれた。現在の名前の由来でもある。

    迷いのない大胆なラインはアボリジニの男性達が成人儀礼(通過儀礼)を行うときに自分たちの身体に描く“ボディペイント”でそれは成人男性だけに公開されるドリーミング(アボリジニ社会で伝承されている独創的な世界観・思想のこと)であるため、女性や子供達、そしてアウトサイダー達には一切明かされることはないという。これまでにもグループ展、個展がオーストラリアの国内はもとより、インターナショナルでも数多く開催されいまやコレクターも世界各地に存在するようになった。

    2017年に老衰のため永眠。

    コレクション:

    National Gallery of Australia / Canberra

    National Gallery of Victoria / Melbourne              

    Art Gallery of NSW / Sydney